序
福沢諭吉は12、3歳の頃、年寄りの話す神罰などは大嘘だと思い、養家の所有のお稲荷さんの御神体の石を、道端で拾った石に取り替え、木の札も捨てました。お祭りになると「ばかめ、俺の入れておいた石に、御神酒をあげ、拝んでいるとは面白い」と一人嬉しがっていたと、その自伝に記されています。明治以降、福沢諭吉のように、日本は迷信よりも合理性を優先させ、技術、文化が進みました。しかし、現在も日本人は多くの神々を拝み、迷信にとらわれています。正月には、お稲荷や、えびすに何百万人もの人たちが参拝しています。合理主義では、偶像礼拝を消し去ることはできません。ただ主なる神のみが、それを滅ぼすことができるのです。イザヤは偶像礼拝の虚しさについて繰り返し教えています(2:8,18, 20、10:10,11など)。
まことの神を信じていたイスラエルの民でしたが、何度も何度も偶像礼拝に陥りました。イザヤの時代もそうでした。
イザヤ2章のところで、終わりの日に、主が全世界を裁き、すべての国々の人が主の教えを聞き、主の道を歩み、平和が確立されると預言しています(2~4節)。「主の日」、「終わりの日」という表現が何度か出てきます。それは神がこの世界をやがて裁かれる日を表します。主の日は、ただ裁きだけではなく、神がその裁きの後、世の終わりに、神の民を救われることも含んでいます。これはイザヤ書だけではなく、他の預言書にも、この言葉が繰り返し出てきます。やがて世界を救う救い主がおいでになる、この救い主が来臨されるときに、この世の罪が裁かれ、罪人が裁きを受け、そして救い主を信じる者が永遠の救いに与る、裁きと、救いの日が、「主の日」です。これはイエス・キリストが再び来られるときに実現するのです。
イザヤは、南ユダの人々が、富と武力に頼り、偶像礼拝にふけったために、主はその罪を責め、ヤコブの家(神の民) を捨て、低くされたのだと語りました(6~9節)。
1.社会の乱れ(イザヤ3:1~12)
3章は神の裁きの預言の続きです。主は厳しい裁きを宣告されますが、それは悔い改めへの切なる招きでした。
イザヤが預言者として召命を受けたのは、ウジヤ王の時代で、暗殺とそれに伴う社会的混乱が起こっていた時代でした。有能な人はいなくなり、産業は停滞し、飢饉が起こりました。これらすべてのことは、偶然そうなったのではなく、指導者も一般市民も、神を忘れ、神を侮ったからです。そのため、神の裁きの御手が下り、支えと頼りを除かれたのです(1節)。
イスラエルの民が頼りとしていたのは、「パンと水、勇士、戦士、預言者、占い師や巧みにまじないをかける者」(1~3節) などでした。
2.悔い改めから(イザヤ3:13~15)
主は、背信と悪をさばき、「論争するため、…さばきの座に入られ」(13、14節) ます。私たちは、災いやつまずきから立ち直るためには、まず神との関係を回復するために、悔い改めから始めなければなりません。
「さあ、来たれ。論じ合おう。──主は言われる──たとえ、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとえ、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。」(イザヤ1:18)
緋も紅も、えんじ虫の一種と関連した用語で、メスは赤い物質を含んだ卵を産み、古代にはその卵から、最も赤い染料を製造しました。罪がどれほど赤くても、雪のように白くなり、すべて赦されます。神は私たちの罪をイエス・キリストの十字架によって赦してくだいます。
16世紀の宗教改革の時にも、政治、社会は混乱し、道徳は退廃していました。宗教改革者たちは、まず神の前に悔い改めるところから始めました。ルターが神の前に砕かれ、聖書を読み、救いがわかったところから、宗教改革が始まりました。私たちもまず、神の前に自分の罪を認め、悔い改めることから始めましょう。社会が悪い、時代が悪い、家庭が、あるいはあの人が悪い、と周りを責めるのではなく、まず自分が罪人であることを正直に認め、その罪をイエス・キリストの十字架の血によってきよめていただきましょう(Ⅰヨハネ1: 7)!
今週は毎朝、罪の告白、十字架の救いの感謝の祈りから、一日を始めましょう!
イザヤ3:1~12
生島幹也
2026年07月19日